学びとは何か-〈探究人〉になるために (岩波新書)
本書から何を得たいか?
熟達は誰にでも起こる
記憶と知識
答えがある丸付けは楽しい。
瞬時に正解か不正解がわかるから。
間違っていても解法が書いてあるから。
答えがない丸付けは難しい。
そもそも何をもって正解とするかの定義が困難。
昔正解だったものが今は不正解になっているかもしれない。
答えがない中、アクセス可能な情報をもとに自分で自分に丸付けできているだろうか
大人になって曖昧な要求を形にする
昔はそのやり方が適していたかもしれないけれど、今は違うかもしれない。今後もどうなるかわからない
自分の投資(お金、時間、人)が
自分に丸つけられてますか?
自分で丸付けできてるだろうか
答えがない中、アクセス可能な情報から自分で
知識のシステム
学習をしながら学習の仕方を学び、同時に知識を増やしていく
科学の概念の学習でも、誤ったスキーマ克服は滅多に起こらないが、外国語の学習ではほぼすべての単語の学習においてそのプロセスを経なければならない
何か新しいことを学習するときに、人は必ず、すでに持っている知識を使う
自分がそのような知識を持っているということに気づかずに無意識に使っている場合も多い
スキーマは情報を取り込み、記憶を取り込み、記憶するために
自分で培ってきたスキーマ、つまり「誤った思い込み理論」を捨て、大人から教えられる「正しい理論」、正確にいえば科学者によって「正しい」と考えられている理論を受け入れるのは、子どもにとってコペルニクス的転換を迫られる革命的な出来事
誤ったスキーマを作らず、正しいスキーマをはじめからつくることはできない
スキーマは、人の自然な世界の認識のしかたを反映して自分でつくるものであるので、それをことばで直接教えることはできないからだ。
それをつくらないようにすることもできないし、「科学的に正しいスキーマ」を子どもに直接教えることもできない
誤ったスキーマをつくらないことではなく、誤った知識を修正し、それとともにスキーマを修正していくこと
自分で自分の理論と矛盾する現象を経験して、自分の思い込み理論がおかしいことを納得できたとき
スキルの自動化
知識=事実という思い込み
meganii.icon思えば、高校のときにでも、記憶の反比例曲線、脳は疲れない(飽きるだけ)、単語はsentenceで覚える、メタ認知のを教わったり、発見していたからこそ、「覚えた事実量」で評価されるテストにパスできていたのかもしれない。
113p
脳の仕組みと熟達
125p
情報処理のすべてを自動化してしまうと、処理が完全にルーチン化してしまい、まったく同じ情報にしか注意を向けなくなる
135p
直感はどこにある?
153p
158p
211p
遊びの5原則
215p
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すかでも言及されていた気がするmeganii.icon